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東京地方裁判所 昭和32年(ワ)2744号 判決

原告 佐藤伸銅株式会社

被告 合資会社熊木製作所

主文

被告が、原告に対して、金十万円及びこれに対する昭和三十二年四月二十二日から右金員支いずみまで年六分の割合による金員の支払をすることを命ずる。

原告其の余の請求は棄却する。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、被告は原告に対し金三十万円及びこれに対する昭和三十二年四月二十二日から右金員支払いずみまで年六分の割合による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とする。との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、

(一)  原告は、昭和三十二年二月五日、被告に対して『ハニイ』と称する鎮鍮屑(原告が先に米国商社より屯当り金二十五万五千円で買受け、同年二月十七日横浜港入港予定であつた米国産の米国規格により鎮鍮屑――以下単に本件ハニイという)約五屯(正確な数量は横浜倉庫における公認検定人の重量証明により決定する)、を価格屯当り金二十六万円、引渡期日同年二月二十五日前後、引渡方法持込渡、代金支払方法は右目的物の引渡準備完了と同時に現金払と定め、本契約において規定されない事項に関し疑義を生じた場合は商慣習に従い、協議の上決定する旨の約定を以て売渡す契約をした。

(二)  そして、その後本件「ハニイ」は横浜港に陸揚後同年二月二十六日その数量は前記約定の方法によつて五屯と決定し、翌二十七日には被告方に持込の上引渡のできることが確定したので、原告は即日その旨被告に通知したところ、被告は、代金減額に応じない限り代金の支払をしない旨、の意思表示をし、以て予め目的物の受領を拒絶した。更に、翌二十七日、原告は、本件「ハニイ」を何時でも被告に持込の上引渡のできる状態において弁済の準備が完了したことを通知してその受領を口頭で催告したが、前日同様被告は原告において被告の要求する値下げに応じなければ代金を支払われない旨通知してきて本件代金債務の履行を拒絶した。

そこで、原告は、被告に対して右履行拒絶に基き、同日、口頭をもつて本件契約解除の意思表示をなすとともに当時本件「ハニイ」の価格は、日々下落の状況にあつたので、止むなく原告は即日屯当り金二十万円でこれを他に転売し、右転売により原告は屯当り金六万円(現実の損害として前記米国からの買入値と右転売値との差額屯当り金五万五千円及び得べかりし利益として屯当り金五千円)、合計金三十万円の損害を蒙つた。

よつて、原告は、被告に対し債務不履行に基き右損害賠償金三十万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日である昭和三十二年四月二十二日から支払ずみまで商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴請求に及んだ。」と、述べ、

被告の答弁に対して、契約解除につき原告は、被告に対し民法第五百四十一条に基き予め相当の期間を定めてその履行を催告しなかつたが、一般的に本件の如き商人間の売買において値下りのはげしい場合には催告を要せずに直ちに契約の解除をすることができる事実たる商慣習があるから、催告しなくとも右契約解除は有効であるのみならずとくに本件契約には前記の如く本件契約に記載なき事項に関し疑義を生じた場合は商慣習に依り協議の上決定する旨の特約があつたので原告の本件契約解除はこれによつても有効であると、述べ、

立証として、甲第一ないし第三号証、第四、五号証の各一、二を提出し証人原利平、鑑定証人津田昇の各証言及び原告代表者佐藤善吉尋問の結果並びに鑑定人津田昇の鑑定(第一、二回)の結果を援用し、乙号各証の成立を認めた。

被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張請求原因(一)の事実はこれを認める。

原告主張請求原因(二)の事実中原告が本件ハニイを屯当り金二十万円で他に転売したことは不知。その余の事実はすべて否認する。

被告は、昭和三十二年二月二十六、七日、原告に対し単に値引の交渉をしたに過ぎない。又本件ハニイの昭和三十二年二月二十七日頃の価格は屯当り金二十四万円である。

仮に原告がその主張の昭和三十二年二月二十七日被告に対して本件契約解除の意思表示をなした事実があつたとしてもその前提として相当の期間を定めた催告がなかつたから右解除の意思表示は無効である。又この点について原告主張の如き事実たる商慣習ありとするも被告は右慣習に依る意思がなかつたから、催告なくしてなした原告の本件契約解除の意思表示は無効であり、本訴請求は失当である。」と、述べ、

立証として乙第一号証の一、二、第二号証を提出し、証人熊木泰利の証言及び被告代表者尋問の結果並びに鑑定人津田昇の鑑定(第一回)を援用し、甲第二、三号証の成立は知らないと、述べ、その他の甲号各証の成立を認めた。

理由

原告が、被告に対して昭和三十二年二月五日本件「ハニイ」を原告主張の如き約定を以て売渡すことを約したことは当事者間に争いがない。

成立に争のない甲第一号証の記載と証人原利平の証言及び原告代表者佐藤善吉尋問の結果によれば、本件契約の履行期日については契約当初はこれを同年二月二十五日前後と定めたが、本件「ハニイ」が輸入品である関係から横浜入港の日時が確定できないので、横浜入港後、所定の重量検査を経た後、確定的な引渡期日を原告から被告へ連絡通知することになつていたところ昭和三十二年二月二十六日、右契約通り横浜倉庫における公認検定人の重量証明を得て、本件「ハニイ」の被告に対する売買数量が五屯と決定し、翌二十七日被告方に持込の上、引渡のできることが確定したので、原告はその旨原告会社社員原利平を通じ、被告に通知したことを認めることができる。そしてこの事実に依れば右通知によつて本件「ハニイ」の引渡期日は、同月二十七日と定められたものといわなければならない。

そして当事者間に争のない事実と証人原利平及び同熊木泰利の証言並びに原告代表者佐藤善吉及び被告代表者尋問の結果を綜合すれば、右二月二十六日、前記原利平が右通知のため被告方に赴いた際、被告は本件「ハニイ」の価格が下落していることを理由に代金減額に応じない限り代金の支払をしない旨強硬に述べて目的物を被告方に持込んでもこれを受領しないと言明していたので翌二十七日原告は本件「ハニイ」五屯を横浜倉庫において車に積み、何時でも被告方へ運搬できる状態におくとともに更に右原利平を通じ再三その受領を被告に口頭で催告したところそれにも拘らず被告は前日同様代金減額方(いくらにして呉れとの具体的数字は主張しない。)を強く主張し、これに応じなければ代金を支払わない旨を重ねて主張して本件代金債務の履行を拒絶したので原告は被告の右履行拒絶に基いて被告に対し即日口頭をもつて本件契約解除の意思表示をなしたことを認めることができる。そして右認定に反する証人熊木泰利及び被告代表者の供述部分は措信できない。右事実と冒頭認定の当事者間の代金支払方法についての約定更には鑑定人津田昇の鑑定(第一回)の結果によつて認められる事実即ち本件「ハニイ」の国内価格は昭和三十二年初以来暴落し昭和三十一年末に一キロ当り二九五円のものが昭和三十二年二月末頃には一キロ当り二四〇円となつていたという価格変動のはげしいものであつたということ、からすると、原告が前記事実の経過にもとずいて前記履行期日の経過をまたずになした契約解除の意思表示は商慣習を云々するまでもなく一般的に法律上有効なものといわなければならない。けだし、右認定のように債務者においてその債務(本件でいえば約定代金支払債務)の履行を履行期日の経過前に強く拒絶し続け、その主観においても履行の意思の片りんだにもみられず、一方その客観的状況からみても、右の拒絶の意思をひるがえすことが全く期待できないような状態においては、その債務の履行は民法所定のいわゆる履行不能と同一の法律的評価を受けてもよいと考えられるのであるから、債権者としては履行期日の経過前においても民法第五百四十三条の精神に則つて、何等催告を要せずして契約を解除することができるものといわなければならないからである。

そして、原告代表者佐藤善吉尋問の結果及び本件弁論の全趣旨によれば、原告は右解除直後本件「ハニイ」五屯を、他に屯当り二十万円で転売したことを認めることができる。しかし津田昇の鑑定(第一回)の結果、鑑定証人津田昇の証言及び被告代表者尋問の結果によれば、本件「ハニイ」の解除時の価格は、屯当り二十四万円であることが認められ、右認定に反する証人原利平及び原告代表者の証言部分は措信しがたい。

してみれば、本件債務不履行(前記の被告の履行拒絶も民法第四百十五条前段の債務者が其債務の本旨に従つた履行をなさざるときに該当するとみるべきである)により原告が蒙つた損害中、通常生ずべき損害としては、目的物の右解除時価格と約定価格との差額である屯当り二万円合計十万円相当のものと認めるを相当とし、前記認定の通り原告がこれを二十万円で他に転売して、約定価額との差額屯当り六万円合計三十万円の損失を蒙つたとしても右損失中、屯当り四万円合計二十万円については、被告の予見し又は予見しうべかりしところであつたという特別事情が他に認められない本件においては、これを以て被告をして賠償させるべき損害とは認められない。

よつて、原告の本訴請求は、原告が被告に対し右損害賠償金十万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかである昭和三十二年四月二十二日から右支払ずみまで商法所定年六分の割合による金員の支払を求める限度においてのみ理由があるとして認容すべきであるが、その余は失当として棄却すべきであり、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 安藤覚)

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